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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)1595号 判決

主たる事務所所在地

大阪市住吉区南住吉三丁目三番七号

医療法人錦秀会

(右代表者理事長 齋藤周逸)

本籍

三重県名張市安部田二一八番地

住居

大阪市住吉区山之内三丁目九番一二号

医師、前医療法人錦秀会理事長

籔本秀雄

大正一五年二月八日生

右両名に対する法人税法違反、被告人籔本秀雄に対する背任、業務上横領、有印私文書偽造、同行使、診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反、各被告事件につき、当裁判所は、検察官鞍元健伸出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人医療法人錦秀会を罰金一億三〇〇〇万円に、被告人籔本秀雄を懲役二年に、各処する。

押収してある看護婦(士)業務従事者届五六枚(昭和五八年押第一二八号の二、四、七)、准看護婦(士)業務従事者届二七〇枚(同押号の三、五、六、八、二〇)の各偽造部分は、いずれも被告人籔本秀雄から没収する。

理由

(本件犯行に至る経緯)

被告人籔本秀雄は、昭和二五年三月大阪大学医学専門部を卒業し、同二六年四月医師国家試験に合格し、郷里の三重県名張市内で開業していたが、同三一年大阪へ移り、同三二年七月大阪市住吉区南住吉三丁目三番七号に阪和病院(ベッド数四〇床)を開設し、同三四年一二月二二日、医療法人阪和病院を設立し、その理事長に就任した。同病院は、同三八年一一月にはベッド数二一三床に、同四〇年一月には三五一床に、同四一年一二月には四一八床に、同四四年一一月には七四四床と順次増床し、同四六年八月には分院(三九二床)を開設し、同四七年一二月には本院も七七三床となった。更に、同五三年一〇月には第三次救急病院阪和記念病院(二一八床)同五五年一〇月には阪和泉北病院(一五〇〇床規模、内六〇〇床を使用)を次々と開設し、同五六年六月には分院を廃止し、同五七年一月には本院は八八五床となった。従業員は約一五〇〇名の多数を数え、付属の高等看護学院、准看護学院、臨床検査技師学院を擁し、大阪府下でも有数の私立大病院となるに至った。尚、同五六年三月二七日には法人名を錦秀会(以下「被告法人」という。)と変更した。

被告法人は、大阪市住吉区南住吉三丁目三番七号に主たる事務所を置く医療法人であり、病院を経営し、科学的で且適正な医療を普及することを目的としており、その出資金四五〇万円は、被告人籔本及びその親族が出資したものである。

被告人籔本は、自己と情交関係のある渡辺以久子を被告法人の管理部長に、同じく自己と情交関係のある中脇幸子の妹中脇輝子を直轄の経理課長に据え、関連会社の阪和食品株式会社、株式会社阪和薬店、株式会社錦生も一族で固めて、被告法人を自己の意のままに運営できるような体制を築きあげた。

(罪となるべき事実)

被告人籔本は、

第一  被告法人の理事長としてその業務を統括し、被告法人のため善良な管理者の注意をもって誠実にその経営ならびに財産の管理及び処分をすべき任務を有するにもかかわらず、その任務に背き、自己の利益を図り、被告法人に損害を加える目的で、

一  同五二年二月一七日から同五三年四月二八日までの間、前記被告法人事務所において、自宅新築工事代金の一部に充てるため、真実は株式会社米田工務店(代表取締役米田良男)の請負った被告法人の倉庫工事等の代金は一億一七〇〇万円であるのに、これを一億六七〇〇万円と仮装し、その工事代金名下に被告法人名義の住友銀行粉浜支店宛の小切手三通(金額合計一億六七〇〇万円)を振出したうえ右米田に交付し、その差額五〇〇〇万円を自宅建築代金の一部に充当させ、

二  同五三年三月三一日、前同所において、自己の趣味用の刀剣三振の購入代金に充てるため、被告法人においてCTスキャンを産陽商事株式会社(代表取締役高津一久)から代金一億八五〇〇万円で購入したものと仮装し、その代金名下に被告法人振出名義の約束手形三七通(金額合計一億八五〇〇万円)を右産陽商事株式会社宛振出したうえ、右高津に交付してこれを右刀剣代金に充当させ、

三  同五三年四月五日及び同年五月三一日、前同所において、中脇輝子の購入した家具代金の支払いに充てるため、被告法人において厚生費を支出したものと仮装し、その支払名下に被告法人名義の住友銀行粉浜支店宛の小切手二通(金額合計三六三万七九九〇円)を振出したうえ、株式会社近鉄百貨店外商部係員に交付して右金額中二四七万七九一〇円を右家具購入代金に充当させ、

四  同五四年一二月二八日、前同所において、被告人籔本の自宅の建仁寺垣設置の代金の支払いに充てるため、被告法人が塀工事をしたものと仮装し、その支払名下に被告法人名義の住友銀行粉浜支店宛の小切手(額面一七九万八九〇〇円)を振出したうえ、有限会社塚本造園代表取締役塚本慶隆に交付して右金額中一五〇万円を右設置代金に充当させ、

五  同五五年二月六日、前同所において、被告人籔本方及び同人の妻の実家である吉武儀左衛門方の改造工事代金の支払いに充てるため、被告法人が分院改修、塗装工事をしたものと仮装し、その支払名下に、被告法人名義の住友銀行粉浜支店宛の小切手二通(金額合計六九九万円)を振出したうえ、前記米田に交付してこれを改造工事代金に充当させ、

六  同年九月五日、前同所において、被告人籔本所有の三重県名張市所在の別邸の庭木(槇)代金の支払いに充てるため、被告法人において植木手入れをしたものと仮装し、その支払名下に、被告法人名義の住友銀行粉浜支店宛の小切手(金額二八〇万円)を振出して、前記塚本に交付してこれを右植木代金に充当させ、

もって、それぞれ被告法人に対し各同額の財産上の損害を加え、

第二  被告法人の理事長としてその業務全般を統括する業務に従事していたものであるが、別紙(一)記載のとおり、昭和五三年一〇月四日から同五七年二月二二日までの間前後一二六回にわたり、前同所において、被告法人のため業務上預り保管中の現金合計八一九七万一六六〇円を自己の用途に費消する目的でほしいままに着服して横領し

第三  阪和泉北病院を開設し、被告法人経営の各病院の看護婦及び准看護婦不足が深刻化したため、各年末現在の看護婦氏名等を記載して翌年一月一五日までに届けるべき(准)看護婦業務従事者届を偽造して看護婦不足が発覚しないようにしようと考え、岸由男及び田端宗一と共謀のうえ、

一  同五六年一月上旬頃、前同所において、行使の目的をもって、ほしいままに別紙(二)記載のとおり、同五五年一二月三一日現在の看護婦(士)業務従事者届、准看護婦(士)業務従事者届の各用紙の氏名欄に浅浦清子ら合計一八七名の氏名を冒書し、住所、(准)看護婦籍登録番号、登録年月日、業務に従事する場所欄等に所要の事項を記入し、もって、右浅浦ら一八七名作成名義の同人らの署名のある看護婦(士)業務従事者届四二通及び准看護婦(士)業務従事者届一四五通の各偽造を遂げたうえ、同五六年一月一〇日頃、大阪市住吉区殿辻一丁目四番八号所在の所轄住吉保健所において、同保健所係員に対し、右偽造にかかる看護婦(士)業務従事者届四二通及び准看護婦(士)業務従事者届一四五通を、真正に成立したもののように装って一括提出して行使し、

二  同五七年一月上旬頃、被告法人事務所において、行使の目的をもって、ほしいままに別紙(三)記載のとおり、同五六年一二月三一日現在の看護婦(士)業務従事者届、准看護婦(士)業務従事者届の各用紙の氏名欄に江口智子ら合計一三九名の氏名を冒書し、前同様各欄に所要の事項を記入し、もって右江口ら一三九名作成名義の同人らの署名のある看護婦(士)業務従事者届一四通及び准看護婦(士)業務従事者届一二五通の各偽造を遂げたうえ、同五七年一月一〇日頃、前記保健所において、同保健所係員に対し、右偽造にかかる看護婦(士)業務従事者届一四通及び准看護婦(士)業務従事者届一二五通を、真正に成立したもののように装って一括提出して行使し、

第四  山羽正広、服部幸次郎、才竹一広、坂口正義、中井久司と共謀の上、右中井、服部、才竹及び坂口において、医師、歯科医師、診療放射線技師又は診療エックス線技師のいずれの免許も受けていないのに、別紙(四)記載のとおり、昭和五六年八月九日から同年一二月二〇日までの間、大阪府堺市深井北町三一七六番地所在の被告法人阪和泉北病院において、真銅隆ら合計一五四名に対してエックス線を照射し、もって放射線を人体に照射することを業とし

第五  被告法人の業務に関し、法人税を免れようと企て、受贈益収入の除外、架空仕入れの計上、架空資産の減価償却費の計上などの方法により所得を秘匿したうえ、

一  昭和五三年四月一日から同五四年三月三一日までの事業年度における被告法人の実際総所得金額が二四億八三四六万九一〇三円(別紙(五)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年五月三一日、大阪市住吉区住吉二丁目一七番三七号所在の所轄住吉税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一七億七二六〇万九八三六円でこれに対する法人税額が七億四一二万七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により被告法人の右事業年度における正規の法人税額九億八八四六万四七〇〇円と右申告税額との差額二億八四三四万四〇〇〇円を免れ、

二  昭和五四年四月一日から同五五年三月三一日までの事業年度における被告法人の実際総所得金額が二三億八六四四万二七六三円(別紙(六)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年五月三一日、前記税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二〇億一〇一七万九〇一九円でこれに対する法人税額が七億九一三一万四一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により被告法人の右事業年度における正規の法人税額九億四一八一万九三〇〇円と右申告税額との差額一億五〇五〇万五二〇〇円を免れ、

三  昭和五五年四月一日から同五六年三月三一日までの事業年度における実際総所得金額が一六億六五三〇万八三七七円(別紙(七)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五六年五月三〇日、前記税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一一億一二〇四万九六五八円でこれに対する法人税額が三億九一七三万八九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により被告法人の右事業年度における正規の法人税額六億一三〇四万二五〇〇円と右申告税額との差額二億二一三〇万三六〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部につき

一  被告人籔本の当公判廷における供述

一  同被告人の検察官に対する各供述調書六六通

一  同被告人作成の「上申書」と題する書面二通

一  押収してある会議手控綴一綴(昭和五八年押第一二八号の一)

判示本件犯行に至る経緯及び第一、第二、第五の各事実につき

一  籔本規子(証拠等関係カード検察官請求分番号199、以下番号のみを略記する。)、稲谷義春、高垣博の検察官に対する各供述調書

一  収税官史の柿本鳳三、稲谷義春に対する各質問てん末書

一  国税査察官作成の査察官報告書二通(51、56)

一  収税官史作成の写真撮影報告書(50)

一  同人作成の写真撮影てん末書(49)

一  大蔵事務官作成の写真撮影報告書三通(52、53、54)

判示本件犯行に至る経緯につき

一  籔本規子(191)、中野明男の検察官に対する各供述調書

一  収税官史の中野明男に対する質問てん末書

一  検察官作成の捜査報告書(352)

一  検察事務官作成の捜査報告書三通(1、2、4)

判示第一、第二、第五の各事実につき

一  収税官史作成の現金預金有価証券等現在高確認書四通(45ないし47)

判示第一、第五の各事実につき

一  林宗謙(七通)、田村弘、山口正明、塚本慶隆、高津一久(二通)、橋本好弘(三通)、田中太郎(二通)、石井久視、福田昌喜、猪里重雄、中脇輝子(四通、171、177、178、181)、籔本規子(193)の検察官に対する各供述調書

一  善田一雄の検察事務官に対する供述調書

一  検察官作成の捜査報告書(111)

一  検察事務官作成の捜査報告書八通(108、113、119ないし122、130、131)

一  検察事務官作成の写真撮影報告書(114)

一  検察事務官作成の電話聴取書(123)

一  津地方法務局名張出張所登記官作成の不動産登記簿謄本(115)

一  収税官史作成の査察官調査書三通(99、100、116)

判示第二、第五の各事実につき

一  高橋明(三通、150ないし152)、中脇輝子(八通、172ないし176、179、180、182)の検察官に対する各供述調書

一  検察官作成の捜査報告書(138)

一  検察事務官作成の捜査報告書一一通(139ないし149)

一  収税官史作成の査察官調査書二通(136、137)

判示第二の各事実につき

一  吉原弘子(二通)、中脇幸子(四通)、鈴木節子、今倉カヨ、渡辺以久子(二通、167、168)、中脇輝子(二通、184、185)、籔本規子(194)、立川俊清(二通)の検察官に対する各供述調書

一  収税官史の中脇幸子、井上浩二(二通)に対する各質問てん末書

一  検察事務官作成の捜査報告書五通(155、156、162ないし164)

判示第三の事実につき

一  中脇輝子(183)、杉本愛子、大井昇一(二通)、吉野伸英(三通)、安田光晴、吉川宏(228)、江頭昭一郎(三通)松浦金太郎、三澤幹夫、高橋明(五通、234ないし238)、丹生四郎(239)、山崎寿久、中村吉弘、角田俊次、岸由男(一二通)、岸タマ、田端宗一(二通)、才口久恵、田崎博子、西原清美、大崎守身、根本純子、前田親子、本多和子、岩下あや子、西田広美、三谷末乃、泥谷京子、松村公子、小野智恵子、木之瀬由紀枝、北角加代子、若杉昌子、伊藤孝子、池田和枝、中村美代江、後藤信子、管田美佐子、大万竹江、矢倉保子、中島奈穂美、村木きよみ、吉田こう子、渡辺三紀子、石原京子、山田和江、小松美智子、近森美智子、小松美佐子、田市芳美、多田睦子、谷山千賀子、糸数朝子、佐々木和子、辻村友子、片岡和美、今村加津子、森園小百合、川畑八千美、島本ひとみ、冨田輝美、渡邊久見子、竹内佐和、鍛治谷美幸、仲本春江(二通)、山下伸夫、若山定雄、野田幸徳、山内ハル子、青木慎一、梶里子、土肥米子、大竹千晴の検察官に対する各供述調書

一  西尾洋子、石田伊代子、若松美恵子、奥上優美子、松谷利子、川合糸代、瀬戸口英子、橋詰鈴子の検察事務官に対する各供述調書

一  長崎県医務課長作成の捜査関係事項照会回答書

一  検察官作成の捜査報告書四通(211、212、215、220)

一  検察事務官作成の捜査報告書五通(213、214、217ないし219)

一  押収してある看護婦(士)業務従事者届五六枚(前同押号の二、四、七)、准看護婦(士)業務従事者届二七〇枚(同押号の三、五、六、八、二〇)

判示第四の各事実につき

一  山羽正広(五通)、和久井清次、中川努、吉川宏(336)、服部幸二郎、吉岡孝之、本荘明の検察官に対する各供述調書

一  平野鋼児、中井久司、才竹一広、阪口正義、田上春雄の検察事務官に対する各供述調書

一  厚生省医務局長、大阪府衛生部長各作成の捜査関係事項照会回答書

一  検察官作成の捜査報告書二通(323、324)

一  検察事務官作成の捜査報告書(325)

判示第五の各事実につき

一  上野国信、金田豊治、井口成幸(五通)、田村睦満(二通)、山名泰之、竹中一男(四通)、黒田耕平(三通)、大西富夫(二通)、宇恵光生、小島節三、吉満徹、原田重雄、金澤和子、椋本彦之(二通)、杉本恵一郎、沢田正太郎、渡辺清子、渡辺以久子(三通、96ないし98)、籔本規子八通(190、192、195、197、198、200ないし202)の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏の徳光清子、吉沢光代、橋本佳代子、野崎孝、加藤浩三、桂田公夫、増田志津江、坂田照基、百瀬国次、井坂泰子、柳内潔、大垣雅義(二通)、榎本勇(二通)、岩崎功、山本利広、藤江淳美、植月貢、末永安彦、東和宏、山上英治、面ノ光男、村木登喜雄、冨崎博和、村上利次、安藤太郎、渡辺以久子に対する各質問てん末書

一  籔本規子作成の「確認書」と題する書面

一  検察官作成の捜査報告書二通(91、92)

一  上野国信作成の「医療法人阪和病院(錦秀会)他との取引一覧表」と題する書面

一  収税官吏作成の査察官調査書一九通(11ないし14、16、57、69、70、71、86、87、203ないし210)

一  被告法人作成の法人税確定申告書謄本三通(8、9、10)

一  収税官吏作成の脱税額計算書三通

(法令の適用)

被告人籔本秀雄の判示第一の各所為は、刑法二四七条に、判示第二の各所為は、同法二五三条に、判示第三の所為中各私文書偽造の点は、同法六〇条、一五九条一項に、各同行使の点は、同法六〇条、一六一条、一五九条一項に、判示第四の所為は、同法六〇条、診療放射線技師及び診療エックス線技師法二四条一、三項に、各該当し、判示第五の一、二の各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の法人税法一五九条一項に、裁判時においては改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、判示第五の三の所為は、改正後の法人税法一五九条一項に該当し、判示第三の各私文書偽造とその行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があり、各一括行使は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、後段、一〇条により結局各一罪として犯情の最も重い別紙(二)の1及び(三)の1記載の各同行使罪の刑で処断することとし、所定刑中判示第一、第四、第五の各罪につき懲役刑を選択し、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も犯情の重い別紙(一)の109の業務上横領罪の刑に法定の加重をした刑期(但し、短期は判示第三の罪の刑のそれによる。)の範囲内で被告人籔本を懲役二年に処する。

被告人籔本の判示第五の各所為は、いずれも被告法人の業務に関してなされたものであるから、被告法人については、判示第五の一、二の各所為につき右昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項により改正前の法人税法一五九条一項の罰金刑に、判示第五の三の所為につき右昭和五六年法律第五四号による改正後の法人税法一六四条一項により改正後の法人税法一五九条一項の罰金刑に、各処すべきところ、情状により法人税法一五九条二項を適用し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により合算した金額の範囲内で被告法人を罰金一億三〇〇〇万円に処する。

押収してある看護婦(士)業務従事者届五六枚(昭和五八年押第一二八号の二、四、七)、准看護婦(士)業務従事者届二七〇枚(同押号の三、五、六、八、二〇)の各偽造部分は、判示第三の偽造私文書行使罪の犯罪行為を組成した物で何人の所有をも許さないものであるから刑法一九条一項一号、二項本文により、いずれも被告人籔本から没収する。

(量刑の事情)

一  本件各犯行の手段、態様等について

1  法人税法違反被告事件について

本件法人税法違反被告事件は、判示第五のとおり被告法人の三期分の総所得金額が六五億三五二二万二四三円あったにもかかわらず、四八億九四八三万八五一三円と申告し、その差額一六億四〇三八万一七三〇円を逋脱したもので、逋脱法人税額も三期合計六億五六一五万二八〇〇円の多額に及んであり、逋脱割合は、弁護人指摘のとおり二五・一%と決して高率ではないが、この種脱税事犯としては大規模なものである。

しかもその所得秘匿の手段は、主として受贈益(取引業者からのリベート)収入の除外、医薬品等の架空仕入れ、架空資産の減価償却費の計上等である。

(一) まず、受贈益(リベート)収入については、いずれも被告法人の力を背景に、取引業者にリベートの提供を有形、無形に強要したものである。

被告法人の病院施設の建設を請負っていた睦工業株式会社から総額七億六〇〇〇万円のリベートを受取っていたが、これを除外し、しかも被告人籔本は、その隠蔽を図り、同被告人の妻籔本規子が作成し、同会社に手交していた領収証の返還を迫り、同社が右領収証を紛失して見当らないというや、同被告人に一切迷惑はかけぬ旨の念書まで同社に作成させていたものである。

又、医薬品の納入業者である栄一薬品株式会社からのリベート収入二二四一万二五〇円も除外している。

(二) 架空仕入れについては、右栄一薬品株式会社から同社の再三の抵抗を排して医薬品四九八〇万二二〇〇円の架空仕入れを計上していたものであるが、同社の申出により架空計上をやめた後も、形を変えて前述の如く多額のリベートを同社から得ていた。

更に、被告法人の関連会社である阪和食品株式会社からの給食用の精米代金一億一一二万四〇円を架空計上しており、この結果被告法人は業務用どころか一般消費者の購入代金よりも高い精米の仕入れ価格で購入する破目となった。

(三) 架空資産の減価償却費については、被告人籔本は、判示第一の二のとおり刀剣を購入したが、被告法人が医療機械であるCTスキャンを購入したかの如く巧妙に仮装してその減価償却費合計一億五二一六万一六九九円を架空計上した。

次に判示第一の一のとおり自宅新築工事代金の一部五〇〇〇万円を被告法人の倉庫工事等の代金に上乗せした結果、八八〇万六七三六円の架空減価償却費を計上した。

(四) その他、被告人籔本の情婦中脇幸子の実妹中脇輝子を被告法人の経理課長とし、その居宅の家具等購入費二四七万七九一〇円を厚生費として、被告人籔本の自宅改修費等六九九万円を修繕費としていずれも架空計上している。

(五) 又裏金捻出のため出費を仮装し、通信交通費一〇三万一六六〇円、接待交際費一億三六二四万二〇〇〇円を計上している。その他、公衆電話等の収入四三八八万七六七二円を除外している。

(六) これらによって得た簿外資金は、自己の個人的用途に費消した部分以外は、妻規子に手渡し、同女がわざわざ東京に出向き仮名の有価証券等を購入して秘匿していたものである。

しかも、脱税の発覚をおそれ、関係の取引業者からは虚偽の書類を徴し、自己の意のままに動く中脇輝子を被告人籔本直轄の経理課長とし、被告法人の会計帳簿を偽装し、税務調査に着手後も関係者に働きかけて口裏を合わせるなど、その脱税の手段、方法は計画的かつ巧妙であり、極めて悪質な事犯といわざるをえない。

2  背任、業務上横領被告事件について

被害金額は総額で三億三〇七三万九五七〇円にのぼり、犯行期間も昭和五二年二月一七日から同五七年二月二二日までの長期にわたるものである。その方法も自己の腹心の中脇輝子を経理課長にすえ、意のままに被告法人の資産を着服あるいは背任したものである。その費消先も、自己の生まれ故郷である三重県名張市内の別邸新築工事代金、植木代金、自宅改修工事代等や自己の趣味の刀剣三振の購入代金に充てているほか、自己の交際していた女性に対する支払いが主なものである。被告人籔本は、吉原弘子に対する一億円の支払いは、同女が被告法人の命の恩人ともいうべき人であり、当然被告法人が支払うべきものと主張するが、被告人籔本と右吉原とが同棲していた当時の同女からの借入金は、同女との関係を清算する段階で既に返済済であり、被告人籔本が個人的に贈与をするのは別としても、被告法人の資産で同女に支払うべきいわれは全くないものであり、被告人籔本の行為は、法人の理事長としての立場をわきまえない公私混同の端的な現れといわざるをえない。その他の女性との遊興費についても、被告人籔本自身前ガン症状と診断されたことから自暴自棄となり派手な女性関係を築いた結果であって、特に同情すべき点はないものと解される。

3  私文書偽造、同行使被告事件について、

本件は、被告法人に勤務する看護婦、准看護婦が所轄保健所に提出すべき(准)看護婦業務従事者届合計三二六通を偽造行使した事案である。しかし、その背景には、一般的に私立病院においては慢性的な看護婦不足が問題となっており、被告法人においてもその例外ではなく、保健所等の医療監視の度に不足の指摘を受けてきた。殊に被告人籔本の急激な病院拡張方針により医療法に定める看護婦の定員との乖離は深刻となってきており、昭和五五年一一月に阪和泉北病院を開設するに至り、それまでの退職看護婦を現に在職中と偽装する方法では到底対処できなくなり、新規の看護婦募集も思うにまかせなかったことから、全国各地より(准)看護婦免許証写を一通約五万円で多数買集めるに至った。本件は、このようにして入手した免許証写を利用して敢行されたものであるが、発覚をおそれ、各被冒用者名義のタイムカードを作成し、健康保険、厚生年金保険にも加入し、保健診断書も作成するなど入念な偽装工作を施したものであり、医師と共に医療の中核的な担い手である看護婦を水増しした極めて計画的且つ悪質、卑劣な犯行であり、医師の良心を踏みにじるような暴挙と断ぜざるを得ない。

4  診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反被告事件について

本件は、資格のない学生らに有資格者の立会いのないまま患者にエックス線を照射したものであり、エックス線の人体に与える影響を顧慮してその使用を規制している法の精神を真向うから踏みにじる行為であり、患者及び学生らの身体に対する危険を考えると決して軽視できるものではない。

二  本件各犯行の動機、遠因等

1  本件犯行中、法人税法違反、業務上横領、背任被告事件の直接の引き金は、被告人籔本が前ガン症状と診断され、自棄となったことと考えられる。しかし乍ら、その結果、多額の被告法人の資産を自己の女性との遊興費等に費消しているものであって、被告法人の代表者として被告人籔本に求められる義務に全く背馳していることは明らかである。

しかもその遠因としては、自己が裸一貫から築きあげてきた被告法人を個人経営から医療法人へと法人化したにもかかわらず、被告人籔本と被告法人とを一体のものとして把え、そのためワンマン経営となったことがあげられる。その結果、自己と情交関係のある女性等を要職につけ、関連子会社も一族で固め、枢要部も子飼いのイエスマンを配置し、いうならば医療法人を完全に私物化し、公私混同がきわまったのが本件といえよう。

被告人籔本自身は、被告法人から昭和五六年三月期においては税込みで二億五千万円という多額の報酬を受けておりながら、本件各犯行に及んでおり、本件外にも多額の被告人籔本に対する仮払金等が存し、被告法人の経理の乱脈振りの責任はあげて被告人籔本にあるといえる。

2  次に私文書偽造、同行使、診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反被告事件は、前判示の如く、被告法人が急速にベット数を増床していったのに、それに伴なうべき人員の確保をしなかったためであり、いうならば無理な拡張策の破綻のあらわれと評しうる。

3  検察官は、本件各犯行は被告人籔本の患者を無視した濃厚診療の結果であると主張し、弁護人、被告人はこれを争うが、当裁判所としては、本件各証拠をもってしては被告法人の医療が濃厚診療であったかどうかは俄かには即断できぬものと考える。その点は、措くとしても、被告人籔本が被告法人の理事長であった本件起訴にかかる三期は、いずれも前判示の如くかなりの所得を被告法人はあげていたのに対し、現在では減床、老人医療法等の施行も重なって経常的な赤字にあり、増床が認められ計画通りの再建案が実現されても収支が漸く均衡する程度の状況であることに鑑みると、被告法人が黒字経営を維持していたことにつき、被告人籔本の果たした役割には看過しえぬものが存する。

4  犯行隠蔽工作について

前述の如く、被告人籔本は、本件各犯行時においても関係者に働きかけて帳簿類を改ざんするなどの工作をなしていたが、税務調査着手後も関係者に有形無形の圧力をかけて口裏を合わせ、更には病院関係者が罪証隠滅工作をするなど、自己の犯行の隠蔽を積極的に行なっており、これらの行為は決して軽視しえない。

三  以上の点から考えると、被告人籔本の本件各犯行は、計画的、組織的に敢行された面を有し、その動機、態様等にも同情すべき余地はなく、悪質かつ巧妙なものと断ぜざるを得ない。

四  被告人籔本に有利な情状

しかし乍ら、他面では以下に述べるように、被告人籔本にも有利な情状がある。

1  被害弁償、納税の完了

法人税法違反被告事件については、いずれも納税が完了しており、それに関連する地方税等も納付済みである。

又、業務上横領、背任被告事件についても、株式会社錦生からの借入れによる部分も存するが、いずれも被告法人に弁償済みである。従って財産犯的側面からみる限り、いずれも被害は回復されており、被告人籔本自身このため自己の私財の大半を提供し、更に多額の負債を負う身となっている。

2  反省の態度

被告人籔本は、当公判廷では当初より自己の非を認め、反省、悔悟の点は顕著であり、保釈出所後一切の公職を辞し、身から出た錆とはいえそれなりの社会的制裁を受けている。

又、多額の遊興費の対象となった女性との関係も既に清算あるいは清算中である。被告法人においても、被告人籔本の情実人事も匡正されており、人事面、経理面での刷新が図られている。

3  救急医療地域医療に対する貢献

被告法人が救急医療地域医療に果たしてきた役割は、弁護人指摘の如く正当に評価すべきものと考える。殊に、被告人籔本が裸一貫から今日の被告法人を営々と築きあげ、社会に貢献してきた業績には無視しえないものがあると解する。

五  その他被告人籔本の身体的事情等被告人に有利な一切の事情を斟酌しても、本件各犯行は、医療法人の理事長としては許すべからざる法人の私物化に由来する傍若無人の行為といわざるをえず、医師に要求される医の倫理、医道を踏みにじった行為であって、被告人籔本にもそれ相応の刑責を問うのが相当と考え、主文のとおりの量刑をした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 金山薫)

〔編者注、別紙(一)業務上横領の年月日・被害額についての表、別紙(二)昭和五六年における私文書偽造・同行使の客体についての表、別紙(三)昭和五七年における私文書偽造・同行使の客体についての表、別紙(四)診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反事実についての表、以上については登載省略〕

別紙(五)

修正損益計算書

自 昭和53年4月1日

至 昭和54年3月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(六)

修正損益計算書

自 昭和54年4月1日

至 昭和55年3月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(七)

修正損益計算書

自 昭和55年4月1日

至 昭和56年3月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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